なかつの広場

思い出を抱いて前進

東11階病棟長 山本綾子


 私が看護婦になって、今年で17年目になる。今では健康、体力だけがとりえの私も小4ぐらいまで、たんぱく尿がでて腎炎になり、体育の授業を休んだり、眩暈をたびたび起こし、学校を休んだりと・・・病気がちで、今でいう、ホームドクターによくかかっていた。父の運転する車で連れていってもらうのだが眩暈の時など行く途中も目を開けるとより眩暈が増強し、吐気を催すので、タオルを目にあて、眩しくないように眼を閉じていたものだった。診療所につくと静脈注射を必ずしてもらうのだが、私の血管は針を刺すと逃げるらしく、なかなか厄介だった。ひどい時には5〜6回刺されたこともあった。また薬も色々出してもらい、どんなに苦い薬も水なしで、上手に飲める程小さい頃から薬好きだったらしい。その影響か今では薬を水なしで、平気で飲むことも出来る大人になれた。
 祖母は、私が生まれた時亡くなり祖父は私が小2の頃から寝たきりとなった祖父を見ていた。その祖父が家で他界した時、ホームドクターが、祖父の死を宣告された後、水にぬらした綿花で祖父の唇を濡らしたことをうっすらと憶えている。今思うと私にとっての初めての死後の処置だった。このあと妹が生まれた。私の妹は双子なので子守りや、家事手伝いをよくした。今はこの年令で家のことを全然手伝わないのはこの時の反動なのかもしれない。また、小さい頃からしばられることが嫌いでロープではなく束縛されたくない願望が強く規則は絶対に守る人(きまじめな人)正義感が強かった。こんな子供時代をへて中学、高校と進学した私は、次の進歩を考えたOLと大学に行くのは嫌だということ、手に職をつけたいこと,人の世話が好きなことから、切羽詰まった結果、NSになろうと決意しこの中津看護専門学校に入学した。こんな私ですから、3年間の実習中も色々なことがありました。
 1年目と3年目の担任は今副校長になられた森秀子先生でした。森先生には看研の時にとてもお世話になり、発表の当日に原稿が出き、ポスターを当日の朝方ぐらいまで作っていました。(ちなみに看研は東12階病棟の循環器でとり、その時の病棟長が川勝光子部長でした。)
 そして、2年目の担任は奥村和子管理病棟長でした。(卒業してからわかったのですが奥村和子管理病棟長が看護学校で初めて担任したクラスが私たち29期生だったそうです。)私は文化委員をしていたので文化祭の時の表彰状を作る時に色々とアドバイスをしていただきあの頃、私達の間では「わこちゃん」と「わこちゃん」先生なんですけど親しくさせて頂きました。そんなわこちゃんを困らせたのも、29期生で、というのは物理の時間に、次のテスト勉強を略全員がやっていて、物理の先生が怒って帰ってしまったのです。(あの時は本当にすいませんでした。)
 3年生の時の中8階病棟の実習の時にお世話になったが、あの頃の臨床指導者は黒川英子病棟長です。黒川婦長は今考えると卒業後3年目と思えない程、とても先輩に見えました。 そんな黒川婦長を困らせたのも29期生の私たち実習班でした。今考えると私たちが若かった。自分たち学生の立場でしか物事を考えていなかった。いろんな人の立場で客観的に物事を考えてなかった。(あの時はどうもすいませんでした。)
無事S59年卒業旧館1階、東6階、中10階と同じ外科系の病棟に転属になりました。そして東11階の内科病棟に異動になりました。わずか,9ヶ月の間でしたが、私にとってとても意味のある経験になりました。
 今までの外科看護とは違う内科の患者様への看護の仕方について、多くのことを考えさせられた。その後
教員研修に行かせて頂き「自分の看護観」を見つめ直すことが出来ました。そして配属になったのが東9階の整形外科病棟でした。いままで外科病棟では自分のことは何でも出来ていた患者様から、病気で四肢への機能障害、能力障害をきたしたことにより、日常生活支援に影響を及ぼしている患者様を看護することになりました。
 約8年間整形外科の患者様の看護を通して色んなことを教えていただきました。
 まず、整形外科の患者様にどう手を出していけばいいのか、介助するタイミング、介助のレベルなどもスタッフから、反対に私が教えられました。実際理学療法士の反応からも多くの学びました。「その患者の残存機能を生かして、その人らしく日常生活が送れるように援助すること」を頭に入れながら、短期目標をおき、意欲を持続させ高められるように動機づけられるかが整形外科でのNSの腕の見せ所なのです。
 今年の8月から、東11階に配属になり、消化器内科、神経内科、血液リウマチ内科、眼科より、理学療法士と新しいスタッフからの学びを日々頂いています。
 入院中に私自身が四苦八苦悩んだ患者様が何年かぶりに面会にきて下さった時程、看護婦をしてたからこそ味わえる感激だとつくづく思いました。17年間に両親や学校の先生や先輩に出会い、支えてもらい、今NSをしている私があると感謝しています。
 私は病棟長として時々お褒めの言葉を頂くことが、私にとって何よりの「ホット」する瞬間です。スタッフが1年ごとに成長していく姿を日々頼もしく感じている今日この頃です。

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