中津医療福祉センター名誉総長 豊島正忠
中津医療福祉センター平成13年度リクリエーションを中心として、自分なりに小旅行プランを組み立てた。
平成13年9月7日(金)雨後曇
大阪は明け方から雨である。秋雨前線とも、台風15号の前触れとも云われ、高知・徳島には大雨注意報が出されている。
08:00例によって福田君の車で出発。吹田I.C.よりの名神高速はあまり渋滞なく、雨もそれ程強くない。栗東の三上山(近江富士)を過ぎる頃には雨は殆ど止んで道路も乾いている。
09:20〜30伊吹Pにて少憩。伊吹山の辺りは霧が立ち篭めて山容が見えない。関ヶ原「大垣間でやゝ強い雨があったが直ぐに晴れる。小牧J.C.T.より東名高速に入り岡崎を過ぎて10:30美合Pで少憩。この美合には私が昔関係していた日清紡績K.K.の美合工場のある所で、耳馴れている土地であるが訪ねた事はない。
11:00豊川I.C.で下りて程近い豊川稲荷に行き、社の後方のPに車を駐めてから正面の参拝路に廻る。順路の都合で参拝前に昼食を済ませることにし、門前の「かどや」に入る。
京都にも似たものがあるが、名古屋風の鰻の「櫃ひつまぶし」(¥1890)を試食する。中振りの櫃の中に2.5cm幅の蒲焼の切身が大量にまぶされ「たれ」がかかっていて、小振りの御茶碗がつく。外に肝吸いと刻み海苔、胡麻、葱、山葵の薬味、更にお茶の入った急須が添えられている。
先ず最初の一椀は普通の蒲焼丼の様に粉山椒をかけて味わい、次の一椀は之に薬味を加え、最後の一椀は山葵を入れて茶漬にする。即ち三様の味を一度に試みる事が出来るという。試食するに蒲焼がやゝ堅焼き気味であったがなかなか旨い。特に山葵が「本わさ」を使っていたので最後の茶漬の風味も格別であった。
三様に味はふ鰻ひつまぶし
この豊川稲荷は、日本三稲荷と呼ばれているが、京都の伏見稲荷、茨城の笠間稲荷に比較して、赤い幟やお狐様の石像の数も少なくてやゝ地味な感じがする。嘉吉元年(1441年)の室町時代に東海義易が創建した妙厳寺に、仏法を守る神として稲荷の本地仏を併祀し、後には豊川稲荷として商売繁盛、家内安全、福徳開運の神として全国的に信仰されて来たものである。
11万uの敷地に総門、山門、法堂、本殿など100棟余りも建ち並び、そのうちの山門は今川義元の寄進といわれる。本殿は総檜造りの荘厳な神社様式である。吾々は杉などの木立のある堂宇の間を縫う様に、表から裏へ抜けて駐車場に戻ったが、裏門の廻りは石垣の上に高野槙の籬まがきがめぐらされていた。
R151にて新城市を通過して湯谷温泉から鳳来寺山パークウェイを上がってPに着く(13:15)。吾々の着いた時には50名程の自衛隊員が参拝を終へてPに帰って来たところであった。
Pより舗装道路を10分程下ると東照宮に着く。日光、久能山と共に3東照宮と云われているが、規模も小さく可成簡素である。更に5分平坦な道を進むと鳳来寺本堂に出る。本堂の建物はあまり立派とは云えないが荘厳な気に充ち後に鏡岩(屏風岩)がある。鳳来寺本堂は普通はバス停から仁王門を経て
木枯しに岩吹きとがる杉間かな 芭蕉
の句碑を見ながら1425段の石段を上がらなければならないが、このPからはこの様に容易である。
鳳来寺は文武天皇の時代に利修仙人が鳳凰に乗って来たところからこの名がある。山岳修験道の霊山で本尊は薬師如来で峰薬師とも呼ばれている。嘗て松平広忠と於大の方が祈願して、家康が生まれたことから子授けの信仰が厚い。
この鳳来寺のある鳳来寺山(684m)は全山鬱蒼と茂る杉、樫などに被われ、頂上付近は特に瑠璃峰と呼ばれる断崖絶壁で見晴しが素晴しい。又俗に仏法僧と呼ばれる「このはずく」が棲息し、毎年6月頃テレビで放映される。
雨は殆ど降っていないので約40分程の奥の院へ詣ることにする。この径は東海道自然遊歩道になって標識は完備しているが、全くの山道で岩石や木の根が露出し上りもきつい。今時分はもう仏法僧の声は聞かれないと思いながらも耳をすませながら上りに上る。距離は丁度山形の山寺奥の院と同じだと思うが径ははるかに嶮しい。
40分余りで「奥の院」に着き小祠に額ずき一服する。ふと見ると鳳来山頂まで10分とあるので勇を鼓して上ると、間も無く視界は余り良くないが兎にも角にも瑠璃山頂に達することが出来た。
元の途を引き返すつもりでいたが、天狗岩を経て東照宮へ40分との東海自然遊歩道の標識を見たので或程度急峻で雨のため滑り易いと思ったが、持ち前の弥次馬根性から之に挑む事にした。
滑り易い急坂の岩場を、木の根、岩角に掴まりながらも、安全第一に一歩一歩踏みしめながら下る。小生はまだトレッキングシューズを付けストックを用意していたが、若さを誇る福田君は通勤靴のため時々に滑りそうになる。
小さな峰の上り下りを繰り返して50分程してやっと天狗岩の休憩所に着く。天狗岩は全体像はわからないが天狗の鼻らしい細長い岩がある。又しばらく歩くと見晴しの良い「鷹打ち場」と東照宮との分岐点に出る。今日は眺望は出来ないので往復30分はかかる「鷹打ち場」を諦めて東照宮方向へ下り、さらに20分程歩くと林の間から東照宮の屋根が見えてホッとする。
Pに帰ったのは16:15で、丁度3時間の雨中ハイキングであった(後で調べるとこの東海自然遊歩道のハイキングコースはそれに近い時間がかかるものであった)。
青葉木菟たづねて雨の峰めぐる
同じく鳳来町にある長篠城址に訪う。城豊川の上流で三輪川と寒狭川の分岐点にあるこの城址には、内堀と野牛郭、弾正郭、帯郭、辺域郭などが残っている。小公園風になっていて、中央をJR飯田線が走っているので二分されて、両川の合流する渡合までは行けなかった。傍に長篠城址史跡保存館があるが展示には大したものはない。天正3年(1575年)奥平貞昌が武田勝頼の進攻を防いだ際の、鳥居強右衛門の武勇談のある城であるが、看板に描かれた鳥居強右衛門の褌姿はあまりにも醜悪であった。
再びR151を新城市に、更にR301を東南に走って三ケ日町に出る。猪鼻湖、松見ヶ浦と浜名湖西岸を走り、湖西市を通過して新居町でR1を東に入る。
新居関跡、JR新居駅前を通過し、18:20弁天島の白砂亭に着き911号室にチェックイン。自室から宮島の鳥居よりやゝ小振りの赤い鳥居のある湖の向うにR1浜名湖バイパスが良く見える。
他の一行の到着が遅く、やっと19:30より3F恵比寿にて懇親会。
食前酒:梅酒、 先付:きのこ吹き寄せ、
お凌ぎ:鯛押し寿司、 お造り:伊佐木の姿盛り、鯛、甘海老、いか、とり貝、帆立、
せいろ:うなぎ、 焼き物:鮪かま焼、
洋皿:鮑姿焼、 鍋物:おでん風(白はんぺん、揚はんぺん、ごぼうはんぺん、鰯団子)、
茶碗蒸し :蟹、海老、椎茸、 揚物:かきフライ、
酢物:生海苔、鯛、蛇腹胡瓜、 食事:鯛茶漬、
香物:柴漬、沢庵、胡瓜、 フルーツ:三ケ日みかん、
量は沢山あったので食べきれず大分残した。
21:30帰室、就寝。
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