「フリースタイル弁」について
心臓血管外科 医師 岩崎倫明
人工弁研究の歴史は心臓外科の黎明期にあたる1952年頃からはじめられ、機能の廃絶した心臓の弁膜をなんらかの形でこれに代わる機能を有する人工弁のよって正常の弁機能に近づけようと意図されました。当初の弁は円筒の中をちょうどラムネ玉が動くように上下して弁の開閉機構を有していました。この当時は体外循環も無く、心臓の負担を下半身分軽減する目的で胸部下行大動脈に無縫合で挿入されていました(写真1)。時代は進み現在我が国で使用されている人工弁は機械弁と生体弁の二つに分けられます。機械弁は耐久性の長いパイロライトカーボンを用いた二枚のLeaflet(写真2)からなり、その材質とデザインに様々な改良が加えられており臨床成績も安定してきました。が同時に機械弁の欠点としては生涯にわたり抗凝固剤(ワーファリン)を内服しなければならないため、この療法による出血のリスクがあり、また時として致命的な血栓塞栓症を発症しかねないことが上げられます。この欠点を克服する目的で抗凝固剤がほとんど必要でない生体弁が登場してきましたが、従来の生体弁は耐久性が無く、動脈硬化、石灰化などの構造的劣化が生じかねないという問題点を持っていました。生体弁としては古くからホモグラフトの有用性がいわれていました。ホモグラフトとは−196度で凍結保存したヒトの大動脈弁のことであり、初めて臨床に用いられたのは1956年です。以後、ホモグラフトはほぼ50年にわたり理想的な大動脈弁として大動脈弁置換術に用いられ、その長い臨床使用により良好な成績が認められているものの、入手のしにくさからほとんどの国と地域で限定使用されているのが現状です。またホモグラフトとはいえ手術後遠隔期にはいくつかの問題点があります。その一つが動脈硬化、石灰化による構造的劣化です。石灰化が生じると弁尖が肥厚して柔軟性を失うことから狭窄や逆流の原因となり、延いては弁機能不全に繋がる可能性を有しています。この様な背景のもと、ステントレス生体弁(フリースタイル弁;写真3)は、ホモグラフトの特徴を活かしながら、これらの不便さを克服し、さらに+αが期待できる弁として臨床に用いられるようになりました。フリースタイル弁とはブタの大動脈弁を大動脈の基部と一塊としてそのまま切り出し、弁尖に全く圧力をかけず(ゼロプレッシャー固定)に、大動脈壁だけを圧固定することにより大動脈の形状をそのまま保ちながら、さらに自然の弁尖が持つ形態をそのまま維持することに成功した弁です。同時にこの弁は、その名の通りステントと縫着輪がないため、ステント付き生体弁に比べ、より大きな弁口面積を得ることができ、さらに機械弁に比べ血栓塞栓症のリスクが低く、抗凝固療法をほとんど必要としません。同時にホモグラフトの問題点である石灰化の発生率も少なくする工夫がなされています。新しく開発されたαアミノオレイン酸(AOA;自然界に存在するオレイン酸のα-プロトンにアミノを置換させた物質)を用いた石灰化抑制処理を用いることにより、今まで以上に石灰化を抑制することが可能です。ヒツジの実験でAOA処理弁尖は処理していない弁尖に比べて術後五ヶ月の時点で優位にカルシウム量(5.5±3.0mg/g
vs 91.2±19.5mg/g)が低いレベルと証明されています。
この様にフリースタイル弁は理想的な人工弁ですが、その移植手術は従来の人工弁置換手術に比べ、手技自体が複雑で、その結果、心停止時間も延長されることから全ての患者様に適応とは言えません。また開発されて約10年の人工弁ですのでどうしてもまだまだ長期成績は不明であるため、従来の生体弁と同じく70歳以上の患者様を対象とする施設が多いのが現状です。しかし他の人工弁に比べ優位な点をたくさん持っており、そのひとつのワーファリン内服が不要である点から、ワーファリン内服が出来ない妊婦やスポーツ選手などを含めた若年者も対象に入ってくることが期待されている弁です。