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平成16年11月14日(日)曇
08:00少し前にセンターを出た大阪観光バス(運転手松田、ガイド木下、添乗名鉄観光 中沢)は通常通り福島Lから市内高速、豊中I.C.を経て名神高速に乗り入れる。殆ど渋滞もなく、08:30天王山トンネル大山崎JCTから京滋バイパスに向う。
薄い朝靄の中右手に男山、左手に淀の京都競馬場を望みながら宇治トンネルを潜り、笠取、石山の薄紅葉の低山の中を通り抜けて瀬田川を渡ると間もなく瀬田東I.C.から名神本線に入る。
名神高速も順調な運行で08:50〜09:05草津P.A.にて少憩の後、09:40彦根I.C.を出て彦根市内に入る。思いもかけず本日は彦根市民マラソンがあるので係員の指示に従って北東を迂回して、途中子供も含めたマラソンランナーを望見しながら10:00彦根港に着く。
この彦根港は殆どオーミマリンの専用観光港と云って良く、桟橋には100tから250t程の白い遊覧船(第○わかあゆ)が3台程碇泊していて、他にも小型の快速船などがあるらしい。
竹生島航路は3月1日〜11月30日迄と1月1日〜1月3日まで運行され、この彦根⇔竹生島の他に
マキノプリンスホテル⇔竹生島
海津大橋⇔竹生島
飯浦港⇔竹生島
の3航路があり、この彦根港からも、他に彦根港⇔多景島の航路がある。
多景島行の中型船の出航を見送って、吾々のニューわかあゆは10:30に解纜し、鏡の様な湖面に出航する。乗客は略船室に入り流石に甲板に上る元気者はない様である。船室は約60%の乗客で何れもゆったりと座る。マイクによる風景の説明も少なく、淡ぼんやりとした湖岸の遠景を左に比叡、比良、右に伊吹などを眺めながらゆったりとした時を過ごす。
琵琶湖は100万年前に出来た、バイカル湖、カスピ海に次ぐ世界第3位に古い断層陥没湖である。面積は670k?(滋賀県の1/6)。水深平均41m、標高85mである。
やがて前方に葛籠岬半島が見えて来て、その前の点の様な緑の島が次第に大きくなって11:15竹生島着。桟橋から見上げる様ないくつかの石段と、山の中腹に10ヶ程の堂宇伽藍が見える。島は常緑樹に被われ紅葉は少ない。
昭和25年に滋賀県が制定した琵琶湖八景の一つの竹生島は滋賀県東浅井郡びわ町早崎にあって、高さ192.6m周囲2?の全山花崗岩からなる小島である。尚琵琶湖八景の外に古くから中国の洞庭湖の瀟湘八景を模し近江八景は別にある。
数軒の土産物店前を通って入山(¥400)し、直登を避けて右手の京都東山にある豊国廟の極楽門を移築した国宝唐門(観音堂)を経て、都久夫須麻神社に詣る。「日暮御殿」と云われる旧伏見城内の建物を神殿としたもので、狩野永徳、光信筆の天井絵、襖絵をはじめすべて極彩色に飾られた桃山文化を代表する国宝建築物である。
更に秀吉の御座船「日本丸」の船櫓を移した、懸崖造りの舟廊下(重文)を通って、長い石段を上ると右手に丹塗りの三重塔があり、左手に竹生島宝厳寺本堂(弁天堂)がある。724年聖武天皇の勅命をうけて僧行基が開創したもので、江ノ島、宮島と並んで日本三弁天の一つと云われ、本堂は昭和27年に再建されている。
下りは急階段を一直線様に次々と下りると10分程で桟橋に着く。この桟橋には間断なく観光船が入港しては人波を吐き出し、群人を収容しては出航する。中に先程の竹生島航路の外に長浜便も混じっている。
吾々の船は12:15出航し、乗客は少し減っている。湖面は少し明るくなり、左湖岸には賤ヶ岳から木之本の山本山までの丘陵や、背後の小谷山、虎姫山などの山波もよく見えて来る。振り返ると竹生島には鵜の糞害か何本かの喬木が枯れているのが見える。更に進むと左前方に伊吹山の勇姿が現れる。彦根、米原方面から馴染深い伊吹山の山容はあまり美しくないが、この辺からの伊吹山は伊吹富士とも云える程、秀麗な円錐形をしている。
初時雨枯喬木の竹生島
註1:琵琶湖八景
暁霧―海津大橋の岩礁、 煙雨―比叡の樹林
夕陽―瀬田・石山の清流、春色―安土・八幡の水郷
新緑―竹生島の沈景、 涼風―雄松崎の白汀
月明―彦根の古城、 新雪―賤ヶ岳の大観
註2:近江八景
三井晩鐘、粟津青嵐、瀬田夕照、石山秋月、
矢橋帰帆、唐崎夜雨、堅田落雁、比良暮雪、
左に多景島が見えて来たと思う間もなく12:55彦根港に帰着し、バス約10分で彦根市東南部の安清町にある料理旅館「安す井」に着く。
門構えも立派で広い駐車場を備えた「安す井」は堂々たる建物も前庭も立派であるが、庭は新しくやゝ手入れが悪い。今時珍しい大広間に一行41名の会席膳が並んだのはやゝ盛会で、一人前7350円の城下町御膳は
一.先付:胡桃豆腐、一.前菜:吹き寄せ七種盛り
一.造里:鯛、横輪、烏賊 一.吸物:蟹真蒸
一.焼魚:うおせ幽庵焼、一.焜炉:牛肉しゃぶしゃぶ
一.蒸物:茶碗蒸、 一.酢物:もずく
一.赤出し 一.香の物 一.御飯
に果物 洋梨(ラ・フランス)、マンゴゼリー
量は多くないが昼食としては適量で、味付けは上品で高級感があり、吾々も大いに参考にしなければならないと思った。
16:30「安す井」を出て彦根城に赴きいろは松駐車場にバスを停め周辺を散策。彦根城は関ヶ原戦で功績のあった徳川四天王の一人である井伊直政が石田三成の居城佐和山城を与えられ、その子の直継が慶長8年(1603年)から20年の歳月をかけて琵琶湖岸の彦根山(金亀山)に築城したものである。明治11年の城郭撤去の際に大隈重信が明治天皇に奏上して廃棄を免れたと云われる。
現在は周囲4?三重の壕を囲らせ、国宝の天守閣、付櫓、多聞櫓、重文の太鼓門、天秤楼門、西ノ丸三重櫓などが揃って居る。小生は昼食の酒にやゝ心悸亢進気味であったが、いろは松縄手を通り、表門橋、天秤櫓から太鼓門櫓を経て天守に上る。日曜日の人出で時間をとられたので足早に黒門口から井伊直弼生誕の埋木台、楽々園、玄宮園を通り抜けてやっと所定の14:00に駐車場に帰る。最も美しいと云われる玄宮園から天守閣を仰ぐと一面の桜紅葉の上に逆光の天守が浮いている様である。
天守閣桜紅葉の上に浮く
秋の日に暮れゆく中をいよいよ最後の行程を急ぎ秦荘町の秦川山麓にある金剛輪寺につく。天平13年(741年)行基菩薩によって開創された天台宗の寺で、国宝の本堂と重文の三重塔、二天門があるが、一般には紅葉の名所湖東三山(百済寺、最明寺)として知られる。
参道の八分目までバスを乗り入れて貰い、長い石段を上ると本堂脇に有名な血汐楓が夕闇の中に浮ぶ。見頃には未だ少し早い様である。歩くうちにも昏さが増して、三重の塔には作務僧が錠をかけている。
足許の暗くなった参道を石に躓かぬ様に注意し、両側に紅い風車を持った千体地蔵(何千体かもしれぬ)を眺めながら速足で下る。有名な庭園も拝観するすべもなく、忽々にバスに飛び乗る。(16:30〜17:20)。
塔の丹と彩を競ひて夕紅葉
番僧の錠閉づ塔や夕紅葉
風車持つ千体地蔵紅葉寺
R307を南下し、八日市I.C.より名神高速に入り、往路とは逆コースで京滋バイパスを利用する。車内テレビを点けると九州場所の初日で、横綱を目指す魁皇が琴光喜に負ける。幸いに大きな渋滞もなく、吹田I.C.から新御堂筋桃山台で下ろして貰いタクシーで19:00帰宅。 |
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▲彦根港
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